ホワイトボードの前。窓から入る日差しがちとまぶしい。いつもながらの謎メーカーのジャージと長袖T。もうちょっとましなカッコしとけばよかったな。
「家系調査で、いったいどこまでご先祖様がさかのぼれるのか?というお話をします」
「はい」クスッと笑ってる。いきなり先生っぽい口調になったのがおかしいのだろう。二人で話すには不必要なくらい声も張ってるし。
この話は、現在から1000年以上前までさかのぼる家系調査の話だ。何回も話しているうちに妙に完成されてしまい、どうしても普段と違う先生口調になってしまう。
源さんがリュックからノートを取り出す。一緒になにか茶色っぽい小さな…なんだろ?ジップロックに入った何かを取り出して手元に置いた。太陽の光にあたり鈍く光る。錆びた金属片?なんだろあれ?まあいいや。
◆1000年以上前から現在までの時間軸
ホワイトボードの下から上に真っすぐ線を引く。
「この線は現在から古代…1000年以上前までの時間軸です。一番下が現在。平成ですね。その上に昭和、大正、明治」
明治の始まりが1868年。約150年前
「次に江戸時代が約250年間。必殺仕事人とか水戸黄門の時代ですね。江戸時代の始まりが1603年。約400年前。その前が戦国時代…信長とか秀吉の時代が約150年間。戦国時代の始まりが約550年前」
今の若い子って中村主水とか水戸黄門は知ってるんだろうか?ちらっと、源さんを見ると、まっすぐな目でホワイトボードを見ている。なにも考えていないような何もかも知っているような目…。さっき源さんを見ていた時のチヨの目だ。
「あの…。水戸黄門とか知ってます?」
「えっ!?…印籠の?」
…集中の邪魔をしてしまった。そうか、あの目は集中してる目なわけだ。普段講演などで話す時は、早い段階でちょこっと軽い話を混ぜて、自分も聞いてくださってる方もリラックスせるのだが…必要なかったな。すごく真剣な顔だ。続けよう。
「戦国時代の前が足利尊氏や一休さんの室町時代、南北朝時代を挟んで、源氏とか平氏のイイクニ(1192)作ろう鎌倉時代(※1185という説もあり)、そして平安、ここでもう1000年以上前です。そして古代と言われる時代へ続きます」
ざっくりと現代から古代までの流れの説明が終わった。源氏…。源静香。やはりちょっと空想したくなる。源氏と言えば源頼朝や義経が有名だ。義経の妾が静御前。ちょっと話を振ってみたくもあるが、話を続けよう。
「現代から古代まで、1000年以上の家系図を一気に作ることは難しいです。時代によって大きく調査方法が異なります」
1000年以上の家系図…気が遠くなるような話だが出来ないわけではない。必ずできる訳ではないが。
年代ごとに時間軸を大きく4つに分ける。
・150~200年前が明治初期、江戸時代末期。
・150~400年前の江戸時代。
・400~550年前の戦国時代。
・550年~1000年以上前までの中世・古代。
◆150~200年前までは『戸籍調査』
「ここで使う調査資料は戸籍です。日本には戸籍制度というものがあります。最初に戸籍ができたのが明治5年(1872)」
「江戸時代が終わって5年後ってこと?」
「そうですね。壬申戸籍(じんしんこせき)というのですが、残念ながら現在では取得・閲覧することができません」
壬申戸籍は士農工商といった身分記載がり、昭和の中頃に閲覧禁止となっている。
「その次にできたのが明治19年(1886)式戸籍。これが現在取得することのできる一番古い戸籍です」
壬申戸籍の記載内容を引き継いで作られた明治19年(1886)式戸籍には、江戸時代にお生まれになった方や、その父や祖父が記載されている。おおよそ4~5代前の先祖だ。
「坂本龍馬とか西郷どんの時代なんだ!すごいね。私は2代前のおじいちゃんまでしか知らないけど、戸籍だけでもっとわかるってことか」
「はい。戦災で失われてしまったり、保管期限が切れて破棄されてしまったりということはありますが、基本的に日本国民全てが、戸籍調査で確実にご先祖様をたどることができます」
細かい事はまだまだ伝えられるが、まずは大枠の説明。
「戸籍調査は別にウチに頼まなくとも自分でもできます。ですので、まずは戸籍を集めることから始めましょう」
「自分でもできるんだったら、渡辺さんのところは仕事なくなんない?」
聞きにくい事をサクッと聞いてくる…。でも全然邪気がない。聞きにくい事をサクッと聞けないタイプの僕には強敵。最初の電話からちょっと押され気味だが…でも嫌味がない。話していて気持ちがいい。この子はきっと誰からも好かれる子なんだろうな。男女分け隔てなく好かれるけど、まっすぐすぎて一部のちょっとひねくれた人たちからは好かれすぎて嫌われるっていうようなタイプか?…まぁ、人物占いはいいや。対して人を見る目があるわけでもなし。
「結構大変なこともあるんですよ」
手続きが面倒で挫折して依頼いただくことも多い。読めなくて系図にできないという相談も多い。
「でもですね。その手間暇含めて楽しめるのであれば、楽しいですよ。ライフワークにもなりますし」
家系調査の楽しさも伝えたい。細かいところは、省いて話を続けたいが、一つだけ省けないことがある。
「この戸籍調査は今しかできません」
古い戸籍には150年という保管期限がある。現在は取得可能な明治19年(1886)式戸籍の保管期限が切れつつある。
「そんなわけで、いつか取ろうとか思っていたら古い戸籍が無くなってしまうんです」
いつか僕らの子供や孫の世代が、戸籍を取って家系図を作ろうと思っても、その頃にはもう4~5代さかのぼった家系図なんてとても作れないだろう。